死ぬ気になればなんでもできる、そんなことはない。
死ぬ気になったら死ぬ以外できない。
自殺する勇気なんて風呂に入る勇気くらいちっぽけで、死ぬ以外のことが全て死ぬことより怖い。
明日を生きることのほうが死ぬより勇気のいることだ。
毎日誰でもいいから殺したい、世の中無茶苦茶にしたいと思う。
生きてるのがただ苦しいし明日が来るのが常に怖い。
苦しいから死にたいし、自分だけが苦しいと感じて、苦しまない人にむしゃくしゃする。
誰でもいいから殺したい。
安倍晋三殺した人や秋葉原で無差別殺人する人、やまゆり園の人のニュースを見て、他人事ではないなと思う。
羨ましさすらある。
彼らは苦しさに耐えられなかったんだろうし、ある種彼らにとってそうするしかないというか、決定事項というか、選択肢すらなかったんだろう。
なんで苦しいか、体が弱いのもあるし、毒親なのもあるし。
でも、今から親に愛されても受け入れられないし、今から体が強くなっても苦しい気がする。
苦しさが根源的なもので変えようがない。
変えようがあるなら死ぬ必要ないんだよな。
変えられるなら変えたいし苦しさを手放したい。
どうやっても難しい。
死ぬよりか、死にたいままで生きた方がいい、自傷しなきゃ生きられないなら自傷した方がいい、ドラッグもやっていい。って思うようにしてるから生きてる。
底辺からはい上がらなくていい。
コンビニバイトは偉い。
生活保護でも充分。
お風呂が月1でも、寝たきりでもいい。
それでも息してるだけでいい。
殺してくれって泣き喚いていい。
一緒に死ねよって誰かに殴りかかっても良い。
メンヘラは殴らせてくれて人生むちゃくちゃにさせてくれるサンドバッグと結婚したらいい。
犯罪しても良い。
私は私がなにをしても許す。
私の味方が居ないのは私が私の敵だから。
1000人と寝ても良いし梅毒になって放置して移しても良い。
知らない人の子供を橋から投げ捨てても良い。
友人の祖母を車道に蹴り出しても良い。
辛くなくても、何もなくても死んで良い。
なんでも許す。
なんでも許す。