ゆかり徒然日記

鬱病から引きこもりにランクアップしたアラサーのブログ。

愛と我慢と幸せの対価

愛されるためには我慢が必要だと思っていた。

幸せになるには対価が必要だと思っていた。

愛されるためにはある程度相手に都合の良い自分で居なければならない。

幸せになるには自分が何か差し出さなければならない。


愛されるより愛したいし、不幸なままでいいと思ってた。


愛されることに資格や条件がどれだけ必要かとか、対価無しに幸せになったら人を傷つけるとか、そういうことばかり考えて、私には幸せになる資格も愛される資格もないってバイアスがめちゃくちゃ強かった。


でも今は少し変わった。

鬱で人と連絡しない期間があって、友達の連絡も無視して、そのあと私が面白いことを何もしなくなっても、ダメダメな私でも、友達がそのまま居てくれたから。

付き合う前からこれまで、私のたわいもない話とか突然のご飯とか山登りたいとか、花火したいとか、今からここ行きたいとかに、毎日120%振り回されてそれも楽しんでくれて愛してくれる彼氏がいてくれたから。


何かを差し出さなくても愛されて幸せになれていることで、バイアス取れてきたと思う。


誰しもありのままを愛されていいし、何も良いことしてなくても幸せになって良い。

誰かが対価を差し出していないのに愛されたり幸せでも嫌な気持ちにならなくなった。


私はダメダメだけども、昨日より少しでも良くなれば良いし、良くならなくても良いというか。

ダメダメのまま愛されて幸せになっているし、このままでも良い。

頑張らなきゃとか思わなくなった。

「頑張ろ」「変わりたい」が口癖だったけど「幸せ」「ありがとう」が口癖になったというか。

良くなりたい気持ちはあるけども、無理しなくなった。


そしたら自分でなく、相手に焦点が合うようになって。

自分がどういう先生でありたいかよりも、生徒と生徒の人生にとって何が良いのか考えるようになった。


これから良い方向に、いろんな物事が進むと良いなと思うし、確実に今までよりは良くなるなと思う。